• 無条件の愛 全曲解説

  • 1. fragile

    これほどせつない失恋歌があろうか!
    世界中には無数の歌があるが、大きく分けると、「恋愛歌」と「宗教歌」に分かれる。
    ある音楽評論家に言わせると、AKIRA歌の特徴は「恋愛歌に擬態した宗教歌」または、「宗教にまで深められた恋愛歌」というニュージャンルである。
    しかし「fragile」はかなり弩(ど)ストレートな「恋愛歌」なのだ。
    わが師匠アンディじいさんがインタビューに答えて言った。
    「あなたはAセクシャル(肉体的セックスをしない)で、ポルノ雑誌コレクターで、ゲイで、盗撮家ですけど、恋愛をしたことはないんですか?」
    「ぼくにはむずかしすぎて愛なんてわからないよ」
    この名言からはじまる。
    自分の生き方や考え方があまりに世間の常識とかけはなれすぎていて、寅さんのようにふられつづけてきたオレの赤裸々な告白だ。

    人はみな生まれてくるときそれぞれのテーマを決める。
    「身近な人を大切にする」とか、「創造的な人生を送る」とか、「献身を学ぶ」とか、「命の大切さを教える」とか、さまざまだ。
    しかしそれをひとつに集約すると、人は「無条件の愛」を学ぶために生まれてくるのではないだろうか。
    無条件の愛ほどむずかしいものはない。
    自分が好きになった人が同じ愛情を返してくれないと、相手を責めたり憎んだりする。
    子供が親の言うことをきくとほめ、きかないとしかる。
    学校や会社で自分が評価されないといじけるし、自分を批判したりひどい目に合わせたやつを許すなんてとんでもできない。
    むずかしいからこそ「無条件の愛」は永遠のテーマとして神様が選んだのだ。
    100%はむりにしても、生きてるうちに1%は学んでおきたい。
    まるで母親が赤ちゃんを見守るように、
    まるで赤ちゃんがなんの見返りも求めず笑ってくれるように。

     その人がただ存在してくれるだけでいい。
     愛とは自分の欲求を相手に押しつけるのではなく、
     その人がいちばん望むものを実現させてあげることなのだろう。

  • 数あるAKIRA歌の中でこの歌をベスト1にあげる人は多い。

    人は誰でも自分の中に住む神様を本能的に感じている。ときには自分を幸福に導き、ときには試練に導く神様を、幸福のときは天使のごとく讃え、試練のときは悪魔のごとくののしる。

    しかし天使も悪魔も同一人物なのだ。

     天使と悪魔、善と悪、聖と俗、清と濁、成功と失敗、光と影、

     喜びと悲しみ、許しと怒り、賞賛と罵声、

    それらはあなたという人間の全体性を完成させるためのワンネス(すべてでありひとつ)なのだ。

    ニーチェは言った。「世の中は醜い。それでもあなたはこの世に永劫回帰するか?」

    「だめなままでいい」、「弱いままでいい」は、決してなぐさめではない。

    「それでもあなたは世界を全肯定するか?」というナイフを喉元に突きつけられた究極の問いに、全身全霊で「イエス」と答える覚悟なのだ。なぜなら社会のルールは「幸せになること」であり、それができないものを敗北者としておとしめる。しかし魂のルールは「学ぶこと」であり、不幸や不運や病気や事故や障害や悩みはブレーブハート(魂の勇者)の勲章である。

    だめな自分や弱い自分を攻撃するのをやめろ!

    そんなことをしていたら永遠に学べない、魂は成長しない、社会に洗脳された敗北者で一生を終わる。

     

     だめな自分や弱い自分を祝福せよ!

     あなたは生まれたての赤ちゃんのようにまったく新しい世界と出会うだろう。

     すべての命は祝福されて、今ここにある。

    貧乏自慢じゃ負けねーぜ。

    生きのびるためにはホームレスもしてきた、泥棒もしてきた、電話帳も食ったぜ。

    あれは1993年、ヨーロッパ生活5年を終え、帰国したもののどこのギャラリーもオレの作品を売ってはくれない。東京石神井公園に住んでいた友人マサの家に転がりこんだ。

    英会話教師やらバイトも探したが見つからず売れるあてもない巨大絵画を描いていた。

    無人販売の野菜や商店街の花壇にある観賞用の花キャベツを盗んで食っていた。

    もう冷蔵庫には使い古したマヨネーズしかない。

    だめだ、もう3日も食ってない。朦朧とした頭に炭水化物が飛び込んできた。

    電話帳だ!

    ページを引きちぎり、口に押し込んだが、ゴワゴワの紙で口蓋部が傷つく。

    カップヌードルの原理だ!

    鍋にページを3ページほど入れ、熱湯をかけて3分間待つ。

    それをフワフワにちぎって、マヨネーズをかけてむさぼる!

    美味い、美味すぎる!

    (んなわけ、ねーだろ)

  • 20代のオレはいらだっていた。

    「オレにもなにかできる」と思いながら、なにもできない。夢想するのは犯罪くらいのものだった。

    自分が生まれ育った日本がたまらなくいやだった。

    消毒液にどっぷり漬けられて、無菌のショーケースに並ばされる人形にはなりたくない。

    なにができるか、なにになれるかはわからない。

     

    「ひとつだけわかっていることは ここにいちゃだめだっていうことだ」

     

    言葉もしゃべれず(高校の英語は180人中ビリから2番目)、ただひたすら逃げつづけた。

    オレの一生は逃亡の旅だ。

    オレは旅からすべてを学んだ。

    学校は世界、教室はストリート、

    教師は老人、子供、乞食、娼婦、泥棒、どうしようもなく愚かな者たち。

    すべてはオレだけのために、

    たったひとりのために演じられたライフレッスンだった。

    ちがう価値観、ちがう習慣、ちがう宗教、ちがう言葉、ちがう肌の色、あらゆる違和感が牙をむいて襲いかかり、常識や道徳を引き裂いた。

    オレはひたすら負けつづけた。負けるために旅をつづけた。

    同じ心、同じ悲しみ、同じ喜び、同じ笑顔、同じ血の色、 オレたちは同じ愛から生まれた光そのものだったのだ。

     

    6. 愛を知らない子どもたち

    おやじの酒乱により暴力に耐え切れず、おふくろは5歳のオレを残し家を出た。

    絵が好きだった。絵をかいているときはすべてが忘れられる。

    学校では家庭のもめごとはないしょにして、ゴジラや怪獣を描いていた。

    小学校3年の時、先生が聞いた。

    よくある話だ。

     「みんな、夢をもちましょうねー。大きくなったらなにになりたいですかー?」

     「お医者さん」、「科学者」、「総理大臣」、「アイドル」、「お嫁さん」、

    子供たちはあどけない笑顔で答える。

    オレは眉ひとつ動かさずに答えた。

     「ゴジラ」

    ゴジラはビルも、高速道路も、自衛隊の戦闘機も戦車も、

    人間が作ったものをすべてぶち壊してくれる。

     「アキラくん、ゴジラは怪獣じゃなくて、ぬいぐるみなんですよー」

    ふん、夢を壊してるのはどっちだ。

    それから30年後、オレは夢をかなえた。

    人間がつくりあげた常識を木っ端微塵に破壊するゴジラになったんだ。

  • 1982年から87年までアメリカに住んだ。パスポートもビザもない違法滞在だ。アメリカ中を10週くらいヒッチハイクした。ときにはおもらいをやったり、ホームレスの収容所で寝泊りしたり、オカマに襲われたり、ドラッグにおぼれたり、映画のような世界を生きていた。

    ヒッチハイクしていると、なぜか車が止まってくれる地域がアメリカ中にあった。インディアンの居住区だ。インディアンも日本人も同じモンゴロイドだ。「青い薔薇」と呼ばれる蒙古班が赤ちゃんの尻にある。オレはインディアンの悲惨な歴史などなにも知らず、彼らのふところに飛び込んでいった。ニューエージどもがあこがれるインディアンと現実はまったくちがう。差別、アル中、喧嘩、自殺、家庭崩壊、育児放棄、虐待、男の平均寿命は47歳だという。よく「インディアンの知恵」などという本がいっぱいでているが、読者は彼らの現実を知らない。それは人間の尊厳をずたずたに引き裂かれた彼らが、地獄の底から拾い上げてきた言葉なんだ。

     「自分は愛される価値のない人間」だと、ずっと思ってきた。

    父に暴力をふるわれ、母に捨てられ、学校では問題児と呼ばれ、社会では異端児あつかいされた。

    誰かが定めたものさしに合わない人間は、生きる価値さえないと洗脳されてきたからだ。

    平均台から落ちて初めて気づいた。

    自分が絶対だと信じこまされてきたものが、ただの「集団幻想」だったことが。

    社会的に成功した者でさえ、アイドルでさえ、さらに上のものさしに合わせなければ「自分は愛される価値のない人間」ともがいてる。

    まずは自分の考えと思い込まされるものが、どれだけ他人のものさしなのか、どれだけ自分は洗脳されているか、ということに気づくところからはじめよう。

    もうこんな終わりのないレースから おさらばしようよ。

    「今ここに生きている」という、ただその一点において、大いなる愛がきみを祝福している。

    無様でもかっこ悪くても、「あなたは愛される価値のある人間だ」。

    昨日のあなたなんていない。

    明日のあなたなんて存在しない。

    すべては今のあなたを映し出す鏡として、世界はあるんだ。

  • 9. 天使のKiss

    大きなまちがいがある。

    きみは「幸せになる」んじゃなくて、「幸せであった」ことに気づく。

    いつもいつも誰かが決めた基準に照らし合わせて、「あたしはまだ幸せじゃない」と、「今」を殺してる。

     

     どんなに絶望超特急なときも

     どんなに家賃払えねーよなときも

     どんなに韓国製「辛」ラーメンよりつらいときも

     どんなにおまえはダメ人間と批判されたときも

     どんなに愛してるからこそ身を引いたときも

     どんなにこれぜってーイケるなはずなのに思いどおりにいかないときも

     どんなに世界中であたしが不幸オリンピック金メダルなときも

     どんなに世界中であたしが孤独ワールドカップ優勝なときも

     

    「ヤツ」は待っている。

    息を殺して「ヤツ」は待っている。

    そう「ヤツ」はきみ自身だったんだ。

    きみがきみ自身にかえるとき、「しあわせ」の正体は、きみ自身であったことに気づく。

    作家AKIRAの代表作といわれる「アジアに落ちる」にこんな一説がある。仏教を研究しているヨウコさんというおばちゃんのセリフだ。

     

    「三六億年前、地球に生命が誕生した頃には、死もSEXも存在しなかったわ。太古の地球は燃えるオレンジ色で、吹き出す海底火山、荒れ狂う海、二酸化酸素に満ちた大気、太陽から直接降り注ぐ紫外線から身を守るため、生物は自らを『多様化』させる必要があったの。自分と同じコピーしか作れない無性生殖では、ひとつの災害で滅びてしまうわ。異なる細胞を交ぜ合わせ、少しずつズレを、ちがいを、個性を、生み出していったの。太古の海に生まれた彼らにとって、酸素は猛毒だった。身にふりかかる危険と戦うために、敵対していたアメーバ(核)とバクテリア(ミトコンドリア)が愛し合ったの。危険は我々をセクシーにするわ。無性生殖のゾウリムシだって、環境が悪化すると有性生殖(SEX)をはじめちゃうし、アブナイやつほどよくモテるっていうじゃない。SEXは武器よ。SEXによって勝ちとった死は、さらに強力な兵器よ。肉体の多様化は最高の戦略だったわけ。プラトンが言うには、男女はもともとひとつの生命体だったから、お互いの片割れを求め合うんだって。それは単細胞から多細胞生物に分裂していった進化の記憶よ。たった一個の受精卵から六〇兆個の細胞に進化したあたしたちは、ちがう相手とSEXすることによって、くり返し死ぬことによって勝利してきたのよ。英語で言えば、NOW HERE……今ここにいること。それ自体が勝ちとった未来への権利よ。つまり生物は自らの進化と引き替えに、SEXと死というテクノロジーを開発したのよ」

     

    世界中の民族は輪廻を当たり前に信じていた。

    聖書では、魂はこの世のひとつの肉体から、別の肉体へとつぎつぎ注ぎ入れられると言っている。五五三年の第五回公会議においてユスティアヌス皇帝が初めて輪廻を否定する。何度でも生まれ変われるとなったら、ありもしない地獄で恐喝できないし、天国へのパスポートである免罪符が売れないからだ。

    1980年代以降、科学者が臨死体験や退行催眠の膨大なデータを集めはじめた。

    そのデータは国籍や民族を超えて、オレたちが死後にたどる同じパターンを浮き彫りにした。

    オレたちは死なない。

    オレは死んでも、魂は死なない。

    それが真実かどうかなんてどうでもいい。

    「真実」は存在しないし、

    「正解」などない。

    ただ現実の世界をよりよく生きられるかどうか?

    自分で世界を選び取るのだ。

    それを選んだ瞬間、オレは自分のしょーもない人生を肯定でき、オレの命は輝き、感謝に満ちる。

    思想なんてどうでもいいの。先住民たちは200万年間の歴史で、実践的な知恵を選び取ってきたのだから。

     

     オレは死んでも、死なない。

     そう「信じる」のではなく、

     そう「信じる」ことを自分の手で勝ち取るんだ。

  • オレは「祈りプロジェクト」というのをやってきた。

    友人がガンになったとき、毎日5000人が読んでくれるこのブログで「祈ってください」と呼びかける。肺ガンができたアキコさんは、手術当日切開したのにガンが消えてしまった。12センチの乳がんが見つかったヨウコさんは数々のライブで観客に祈ってもらうとガンが2センチに縮まってしまった。人の祈りには科学で解明されていないパワーがあるのだ。オレも迷信とか思いこみだけでやっているわけではない。時際に祈りが病気の治癒をうながすという科学的な結果が出ているのだ。

    ラリー・ドッシー博士の「魂の再発見」(春秋社)という本から、祈りのポイントをまとめてみよう。

     

     1. 祈り方は自由。

     2. 祈りに距離は関係ない。

     3. 祈る人が対象を知っていた方が効果がある。

     4. 祈りは量に比例する。たくさんの人が祈った方が効果がある。

     5. 指示的に祈るより、指示しない祈りの方がはるかによい結果が出たという。

       「ガンよ、消えろ」ではなく、「~にとってうれしいことが起こりますように」、

       「ベストになること」、「最適」なことが起きることを祈ろう。 

     6. 患者に対して「純粋で聖的な意識」を抱くべきだとドッシー博士は言う。 

     7. 祈った側もよくなるという循環の法則がある。

     

    祈りプロジェクトは、魔法でも迷信でもない。まず病気になると「なぜわたしだけがこんな不幸を背負わなくてはならないの」と孤独になる。しかし全国から励ましのメールがとどき、「ひとりぼっちじゃない」、「すべてはつながっている」と気づいたとき、自己治癒能力をせき止めていたブロックがはずれる。自分とつながるすべての者に感謝する気持ちが生まれるんだ。

     

    12. 終わらないキスをしよう

    「終わり」という言葉はまさに殺し文句である。しかし現実には「終わり」は存在しない。

    人類が滅亡しても地球はあるし、地球がなくなっても太陽系はあるし、太陽がなくなっても宇宙はありつづける。「終わり」はCTスキャンの「地層」であって、時間とともに地層は積もり続ける。ならばオレたちが死んでも、地球がなくなっても、オレたちの「意識」は宇宙のホームページに存在し続ける。「もしお金があったら」、「もし時間があったら」、「もしわたしに権力があったら」など、「If」(もし)を求めていたら何もできずにかけがえのない人生が終わってしまう。

    だから今しかない。過去や未来はない。花火のように連続する今しかないんだ!

    今ここできみにキスしなきゃ、永遠にキスできない。

    今ここできみと交わすキスは、永遠とちぎる契約なんだ。

     

    「あなたは一生この人を愛しますか?」

    じゃなく、

    「あなたは永遠にこの人を愛しますか?」

    という、

    過去も未来もぜんぶ投げ捨て、

    「今に生きる」という、

    絶体絶命のファイナルアンサーの

    誓いなんだ。

     

    13. Beautiful

    このアルバムは「愛」がテーマだ。
    失恋からはじまり、自分を許し、他者への祈りと昇華されていく旅をきみといっしょにくぐった。
    それは自分の過去を掘り返す痛みの旅でもあり、「無条件の愛」へ1ミリでも近づく聖なる巡礼でもあった。
    ありがとう、
    最後までいっしょにいてくれて。
    ありがとう、
    つらい思いをさせたね。
    いま、きみはきみ自身をとりもどした。
    明日からはそれぞれの道へ別れていくんだね。
    きみと旅したことを忘れないよ。
    きみはほんとうに美しかった。
    今までもこれからも、
    きみは美しい。

  • 無条件の愛

    2011年1月リリース。13曲。2500円。